夕張探索
2004年9月17日
北炭楓鉱発電所→石炭ガラス工芸館
2004年9月17日
クルマを走らせていると、
レンガの大きな建物を発見。
ここは、もとは大正に建てられた「楓発電所」。
昭和三年、廃止。
それを改良して、昭和62年にガラス工芸館として生まれ変わる。
しかし、平成6年で幕は下りる。そして、今は巨大な廃墟。
ステンドガラスとレンガのとても豪華な廃墟。
「お金、かけちゃいました!」
という感じ。
![]()
中は広い。2階建て。
真っ暗の部屋の中に、椅子やらテーブルが所狭しと積まれている。
古いテレビやラジオや、まだまだ使えそうな食器類もたくさん。
どうなるんだろうな、これらの品々は。
さて、ガラス工房のドアを発見。
![]()
![]()
中は、広い。感動的に広い。
小学校の体育館位の大きさはある。
大きな窓から、太陽の光が入ってくるので、明るい。
この建物の泣けるほどの意気込みを感じる。
「夕張市が抱えた巨大な負債」なんて言葉が、浮かんで消えた。
ここで、ガラス作りができたらしく、焼く機械みたいのがあった。
階段を発見し、2階へあがる。
そこにはダンボールにつまったたくさんの書類が。
「決算報告書」なんてのもあり、生なましい数字がそこにはあった。
![]()
2階からは、さっきの部屋が見える。
建物を出ると、向こうにもなにやら建物が見えるので、進む。
途中、池が。
やる気の無い、無造作な噴水。
![]()
水が出る所が割れている。
「ガラス工芸館 ただいま閉館」の看板が。
只今、というか、ずっと閉館です。
![]()
国道沿いのドライブインに出る。
写真、左が現役のドライブイン。
右は、廃墟。
そして、奥は、さきほどのガラス工芸館の廃墟。
一連の施設だったと、この時点で初めてわかる。
そして、市内名所案内の看板。
一体、現在いくつ残っているのか、不安でたまらない。
廃墟の案内にならなければ良いが。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
北炭真谷地炭鉱総合事務所
2004年9月17日
真谷地炭鉱は昭和62年に閉山。
倉庫。
![]()
3階建て。外観は、壁が崩れてボロボロだ。
さて、中へ。
![]()
![]()
散らかってはいるけど、荒らされてはいない。
上へ。ダンボールが多い。
![]()
残された衣服。
カレンダーは2001年の9月でとまっていた。
3階へ。
更衣室。狭い部屋がふたつ。ひとつは、まっくら。
もっと山を登る。
真谷地炭鉱の事務所を発見。
2階建て。3階は屋上。プラス、地下。
草をかきわけ、玄関へ。
まず、1階
入ると、ダンボールの山、山、山。
なぜかバーベキュー用の簡易コンロが大量に残っていた。
まず、地下へ。
地下は、お風呂場、洗濯場兼洗面所、乾燥室に分けられている。
乾燥室には、洗濯物が大量に残されていた。
中は、真っ暗。
洗濯機。
![]()
浴槽は3つ。
1階。
思ったより広く、明るい。
![]()
物品庫…?
マスクとか色々。
![]()
ホコリだらけ。
大量の鍵。チーズおかきの缶の中の名札。古ぼけたカレンダー。
![]()
![]()
炭鉱入り口。
ここから仕事場へ向かったと思われる。
2階へ。分かりにくいけど、階段だ。
2階は事務所らしい。
逃げろー。
印刷機。
使い方、全然わからん。
![]()
出納室…?というのかな。
なんかそんな金の受け渡しをしていたと思われる区画がある。
郵便局員金課だった身としては、思わず反応。
![]()
床には、機械類だけではなく、ゴミバコやらヘルメットやら長靴が散乱していたが、
これは荒されたのか、それとももともとなのか…。
![]()
見た事も無い空き缶。
繋がらない電話機。
複雑な…。
屋上。いい天気。
![]()
さて、地上へ降りる。
事務所の横を見学。
![]()
![]()
![]()
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
北炭清水沢発電所
大正15年に建設。
平成3年に閉鎖。
どんどん解体がすすむ。
撮影 2004年9月17日
↓
↓
↓
撮影 2006年10月3日
![]()
左奥の青い屋根の建物が、リサイクル工場。
発電所を壊してできたコンクリを溶かして、売っているとか。
右奥の赤い屋根の建物が清水沢小学校体育館。
その下には死体が埋まっているとか埋まっていないとか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
北炭滝の上水力発電所
2006年10月3日
大正時代に建設。
富樫先生ばりに休みをもらっているらしいが、一応、現役。
![]()
TOPに戻る。